沖縄タイムス「時事こらむ」2005年05月28日
横並び意識と自治体
学者は紋切り型を嫌うものだが、さすがにその概念は斬新だった。十年ほど前に書店で手にした「できる社員はやり過ごす」という本。東京大学で経営組織理論を担当する高橋伸夫教授の手になるその内容は、一般読者向けに平易に書かれているが、高度な理論的検討に基づく日本型企業モデルの解明を試みた野心作だった。
要は「やり過ごし」や「尻ぬぐい」といった一見ウシロ向きな概念は、日本的な職場環境において組織の維持や人材育成のために重要な機能がある主張しており、ありふれた単語から組織の本質を抽出する見事な手法につくづく感嘆した。仙台の大学で彼が教鞭をとっていた頃の語り口を思い出しながら、何度も読み直した。
自治体の組織を考えるときに、同業の友人・伊藤修一郎(筑波大学)から同じ衝撃を与えられた。彼は政策波及という概念を用いた一連の論文で、横並びの意外な側面を明らかにした。
一般に自治体改革とは何であれよいことであり、旧体制はすべからく破壊されるべしと考えがちだ。だから横並び意識などは、政策形成において主体性のない軽蔑すべき態度であって、新時代の自治体職員にふさわしくない、とされる。確かに何も考えずにフラフラとヨソのやり方を真似るのは、誉められたことではない。情報公開、行政評価、男女共同社会。こうした新しい行政課題への対応を(役所の内外を問わず)求める側からすれば、行政がやる以上高い意識で積極的に取り組んでもらいたいだろう。
しかし、どんなに小さい自治体もそれなりの職員を有する集団、すなわち組織である。組織では、いくつもの重要な仕事を抱えている。それぞれが手一杯の業務をさばきながら、人をやりくりして様々な行政課題を手がけている。担当者はその問題のベテランで意識の高い人かもしれないし、異動で着任したての人かもしれない。
少なくとも他の自治体なみにやりたい、というのは強い事業推進力になる、と伊藤は暗示する。もしも担当者の意識が高ければなおさら、それぞれの業務に忙しい周囲の「無関心」をはねのけて最低限の進展を図る強力なツール足りうるのだ。行政課題は広範囲にわたるから、庁内全員が最重要課題の優先順位で一致を見ることなどめったにない。いや、新しい課題ほど後回しにされやすいものであり、そのとき、ウチは上の理解がないから仕方ないと嘆くだけのプロフェッショナルなどあり得ないと私は思う。
さしたる戦略性もなしに追随するだけの横並びだとしても、結局全国の自治体総体としてはその政策領域で確実に前進している。確かに先頭ランナーは苦しんだものだけが持つノウハウを有し、それは追随者にはなかなか分からないし、追いつけないだろう。だが、自治体政策は競争ではない。どこかの自治体で生まれた英知を、活かし方に差はあれども社会全体で共有し、進歩させるものなのだ。
だから私は市民として、自治体に向かって言いたいのだ。どうか大いに、どの分野でも横並びしてほしい。できれば他から横並びしたいと思われてほしい。しかし仮にそうでなくても、借りた知恵を咀嚼し、実践し、そしてまた他者に返してあげてほしい。社会的連帯を有する健全な競合こそ、水平的自治体関係といえるし、また自治体の政策革新の歴史が教えるところは、職員たちがそのように奮闘してきた事実を示している。