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め組の大吾(曽田正人) 小学館サンデーコミックス全20巻

日本初の本格的消防マンガ。映画の世界だと「バックドラフト」(ハンス・ジマー作曲のサウンドトラックが「料理の鉄人」で使われている。)や「119」など、それなりに傑作はあるが、刑事ものと比べてほとんどみるべきものがなかったこの分野で、猛烈な感動を呼び起こしたのみならず、97年ごろから消防官志望者を激増させる社会現象を巻き起こした大作。98年からは東京消防庁のポスターにも採用されたほか、現在40代以下の消防士でこのマンガのことを知らない人はほとんどいないほどの現場からの支持をえている。

ただ、宗前がこのマンガをすきなのは、大吾という(非現実的ではあるが)一種のトリック・スターの成長する過程がドラマチックであるということのほかに、このマンガのいたるところに「現場の情報を基盤に政策は作られるべきである」こと、しかし「現場のことしか知らない職人型専門職になるのでなく、広い視野をもって地域政策を作れる主体として専門職は位置づけられるべきだ」という筆者の年来の信念が反映されていると思うからだ。

物語は新人消防士朝比奈大吾が、千国市めだかヶ浜出張所(おそらくモデルは横浜市消防局)・通称め組に配属され、所長を勤める伝説の消防士五味俊介消防司令らの指導のもと、天才的なレスキュー隊員に成長する過程を描いている。数々の危機を、彼の直感的な判断で乗り切りつつ、しかし消防という規律の重視される組織では彼の才能そのものが極めて「危険」なものだと言う二律背反をいかに処遇するのか。消防や軍隊や警察で規律が厳しいのは、本来的にはそれが生命の危険回避に直結するからだ。だから指揮命令系統を乱す行動は厳しく禁じられるし、個人的な判断の働く余地は(とっさの場合を除いて)ほとんど許されない。その意味では朝比奈は「マンガ」的存在だ。しかし曽田のよいところは、現実の消防においては(また作中の消防においても)朝比奈は本来的に許されない、という線を決して崩さないところである。脇役の甘粕(同期入庁)や神田(レスキュー隊のエース)、大野(め組の機関員)らにそうしたことを語らせている。そして大吾の豊かな才能と消防という組織を両立させるため、彼は事務官忍足消防司令補の提唱するハイパー・レスキューに配属された。神田はこう言っている。「貴様(=朝比奈)のようなヤツばかりならどんなにいいだろう」「しかし現実にはそういうことはありえない」「ありえないからこそ消防という組織(と規律)があるのだッ」「貴様のようなやつは俺の目の届くところにおいてやる」などなど。まさに配属後の研修が終わりかけるそのとき、朝比奈を消防官に導いた恩師落合静香が、フィールドリサーチ中のインドネシアで大規模な山火事に巻き込まれた。命令違反を承知で彼女を助けに行く朝比奈。その結末は・・・買って読みましょう。

前述の「政策指向を持つ消防官」というのは、例えばこんなところに出る。千国市は急速な都市化によってまちの自然状況が変わりつつある。消火栓の頻繁な移動や河川の流域変更、大規模事業などだ。曽田は作中で語っていないが、こうした状況から生じる災害に、消防官は受身の存在として対症療法的に災害対応するのみならず、広義の都市計画へ参画する必要がある、と筆者は読んだ。また、こうした思想を固い信念とする消防組織の一員の典型が忍足司令補である。彼女は(おそらくはキャリアの)事務官として、異例の若さで局警防部(企画総務担当セクション)の主力を勤めつつ、「アクティブ・セイフティ」という考えで災害に立ち向かおうとする。つまり、防犯思想をより全市的・全組織的に拡大して、早め早めの装備充実・人材育成を考えているのである。こうした発想は、「火消し」としての消防士イメージを越え、「災害(という特定分野)のゼネラリスト」としての消防官像が今後のあるべき姿だと示唆しているし、また筆者も基本的に賛成である。

では主人公の大吾はどうか?大吾は理論に弱く、また、現場が大好きである。だから彼は退職するまでおそらくは現場にいるだろうし、体力的に出場できなくなったら、おそらくは彼のひそかなヒーロー五味のように現場で後進の指導に当たるだろう。その意味では彼は「企画のできる消防官」ではない。むしろ同期の甘粕にその可能性がある。しかし、公務の世界は組織で動く。みんなが火消しになるのも、みんなが頭でっかちになるのもどちらも好ましくない。問題は、大吾ですら防犯思想の重要性を理解しつつ、彼は彼のフィールド、すなわち卓越した現場での危機回避能力とひらめきを生かせる「レスキュー」の世界で生きればよいし、また、そうした人材があってこそ初めて千国市の防災計画は実体として(つまり千国市消防局という組織として)意味を持つのだ。

この連載にハマっているとき、宗前は福島県の公務員研修所で働いていた。そして、専門職と企画能力のあるべき関係にアタマをひねっていたが、実を言えばこのマンガを読む中で大いにひらめいたりしていた。といってもマンガからヒントをえましたというと(別に悪いことでもなんでもないが)、信頼性がないと思う人もいると思い、わざわざ言ったりはしなかった。だが、このHPを読む多くの人が琉大の学生であることを思えば気をラクにしてこう言おう。

結論!

どんなものからだって吸収できる。常識にとらわれずに(無視しろ、ということじゃないよ)積極的に知的好奇心を深めよ。時刻表からでもアダルトビデオからでも、学ぶことはいっぱいあるぞ。