題字は夏にやっていたテレ朝系ドラマ『Trick』のテーマソング「月光」を歌う例の歌手だけど、

今日のお題はそれとは関係ありません。

今年の講義をモウレツに反省してみようかと考えている次第です。

今年の講義でやっていて一番楽しかったのは、後期にやった全学教育科目(昔の一般教養科目に相当)

の「日本の政治」でした。

この科目は政治学専攻でない学生が受講するという前提で講義を設計したのですが、

自分の中で目的をかなり明確にしました。

つまり、この講義を充分に内面化して受講した場合

新聞の政治記事を読んだときに、その「意味」が理解できること、という部分に重点を置いたのです。

政治現象の意味を理解する、ということは、僕自身分かっているわけじゃありませんが、

とりあえず、政局を解説したり、「モリってホント馬鹿だよねえ」という誰でもいえるセリフを吐いて

「大卒でぇす」と言う顔をすることではないと思っています。

政治を分析する上で一番大事なことは

政治がすべてでないこと、

でも我々はそれに拘束されちゃうこと、

ただし社会や経済のルールと違ってかなり人工的なものなので、

変えようと思えば変えられること、といったことでしょうか。

政治学者は政治を考えて飯を食っているので

ともすれば「昨今の若年層の政治離れは甚だゆゆしき問題だ!!」

などと切り口上を言うか、または

啓蒙スピリット満開で高みから「キミタチね...」などと妙に物分りのいい態度をとるか

どっちかになりがちかもしれません。

しかし政治が社会生活の中核を占めていない社会は、幸福な社会だと言えるでしょう。

政治が社会に対して過剰に介入した社会は

抑圧された社会か、貧しい社会か、それともお節介な社会か、いずれかなのかもしれません。

そういう意味では長野県で田中康夫が知事になったことはいいことだと思います。

知事御三家とか知事四天王と呼ばれる

北川(三重)、橋本大二郎(高知)、浅野(宮城)、増田(岩手)などはおのおの政治のプロでした。

北川は代議士、浅野と増田はキャリア官僚、橋本はNHKの記者です。

田中はエピキュリアンなので、人生楽しいことはいっぱいあるっスよということを

実感している人だと思います。

でも酒とメシと女だけでも人生つまんないっス、ということで

震災のボランティアをやったり、神戸空港の反対運動に関わったりしています。

彼がこの先、果たして何をしでかすのか、楽観は禁物だと思いますが

政治の世界しか知らない人は、それがどんなに善意であっても

やはり視野が狭くなる危険性をはらんでいます。

宮城の浅野はそれでも厚生省で社会局などを経験しているので

現場の実態と政策設計者の善意は常にズレてしまう、ということをよく分かっているのでしょう。

だから彼はいっつもヘンな人たちとの付き合いを絶やさないようにしているみたいです。

政治は社会を救えないけれども

いくらかはラクにできることもある、ぐらいのスタンスで

政治をやっている人というのは

マナジリを決したり、声が裏返ったりしないと思うので

いいんじゃないかな、と評価しています。

 

とまあ政治学の講義を受けて

そうそう、政治なんて大したことじゃないけど、

ほったらかすわけにも行かないよな、というような感性を持ってくれたら

僕の狙いは一応達成されたということになるでしょう。

「日本の政治」が果たしてそういう狙いに向かって学生たちに受け入れられているのか、

それからそれ以外の講義で

僕が狙いとしていたことが通じているのかは

まだまだ検証を経て行かないといけないのですが、

たまには講義の舞台裏の事情でも明かしてみようかな、という

あざとい年末の日記の締めくくりとすることにしましょうか。

それでは皆さん、来年がよい年でありますように。

みんな以上に僕にとっていい年でありますように。

いや、僕だけにいい年でありますように。

ニセrational choice school からのご挨拶です。