大学に勤め始めておどろいたことの一つに会議の多さがある。
なにしろやたらめったら会議があるのだ。
専攻会議は大事な会議で、これは当たり前だ。
学部の教授会もまあお役目だ。
ところが何せ委員会というやつが気の遠くなるほど存在する。
学部のA委員会があるかと思うと、同名のA委員会は全学のやつもあったり
入試の実務をする委員会、入試の総点検をする委員会、教育の将来構想を語る委員会、その他諸々。
僕はいまだにどういう委員会があってその関係がどうなっているのかよくわからない。
どうも学部の自治と大学の自治を守るためには必要らしい。
どちらの自治も大切だ。それは掛け値ナシにそう思う。
労組に行くともっとすごいぞ。
何しろ浮世離れした人種、学者の作る労働組合だ。
これはすごい、本当にすごい。
万一、独法化、ヤッパダメですかねえ、などといったら大変だ。
アパルトヘイトの南アで異人種結婚するようなもんだ。
忘れてはいけないのは
僕らは議論を単独で考える能力はありあまっているが
有効に議論を進め、政策化していく能力はあんまりない、という事実だ。
自治を守ることは必要だが、本来向いてない仕事を僕らが引き受けなくてはいけないという話は
どこかおかしいよな、と冷めた目線が必要だ。
ましてそれを楽しんだりするのは論外です。
確かに、自治は参加から生まれる。
だが、参加しているその最中、参加しすぎてマツリゴトに熱い血潮を燃やしている事実に
早く部屋に帰って研究してえなあ、ホントは向いてねえなあ、こういうの、
と振り返る謙虚さはあるべきだ。
しかしサイバースペースの片隅でオダを上げてても事態は変わらない。
だから僕は、向いてねえなあと自覚しつつ
歯をくいしばって労組の大会に出席し
委員会の仕事もやっている。
それでもたまには思う。
ロジックの一貫性と私生活を同期させることが求められる商売に就くのは
今度生まれ変わったときにはよく考えてから決めることにしよう。
でもどうせ生まれ変わっても同じ仕事を選ぶに違いない。
研究も教えることも好きだから。
その幸せも自覚はしている。