結婚していてもするらしいが、今日の話題はどのくらいの頻度でするか、とか、
寝てするかヨガスタイルでやるか、とか、空想派?おかず派?と言ったことでもない。本の話だ。
先月、東京に行った際、例によって江東区の美津濃宅に泊まったが、
その時ふとよんだ『覇者の驕り(上)』(D・ハルバースタム、新潮文庫、1990)に、すっかりヤラれた。
ハルバースタムは『ベストアンドブライテスト』とか『メディアの権力』(両方ともサイマルインターナショナル)で
名をはせた、アメリカンニュージャーナリズムの旗手と呼ばれた伝説の記者だ。
覇者の驕りは、フォードと日産の歴史比較を通じて、自動車産業、そしてアメリカ社会を問う作品なのだが、
まいったよ、これには。まず、異様な分量である。上下巻あわせて1200ページ。
だが、ひとたび読み始めるともう止められない。
何しろハルバースタムのレッグワークは背筋が寒くなるほどだ。
何でこんなに知ってンの?何で絶妙のタイミングで平凡な人物のプロフィールを出してくるの?
とただただおどろいてしまう。
日産といえばなんと言っても戦後すぐの日産争議だ。
時の日産労組(全自動車日産分会)組合長益田哲夫は、徳之島出身の東大卒として日産に入社、
戦後労働運動のカリスマ的スターとなった。
彼のアナルコ・サンジカリスト的な組合運動は、しかし、ホワイトカラーたちの受け入れることとはならず、
宮家愈(まさる)と塩路一郎を中心とする右派の組合に切り崩された。
宮家はその後塩路に追放され(この辺の事情は解釈が分かれる。高杉良は『労働貴族』の中で
塩路が宮家をハメたとするし、ハルバースタムは宮家自身に慢心があったとする解釈を採る)、
その塩路もスキャンダルによって失脚した。それから14年後、日産はルノーとの提携を選んだのだが、
ハルバースタムの取材は86年で終わっているとは言え、作品中に日産の前途は必ずしも明るくないことを
示すシーンが大量に出てくる。冷静なのね、やっぱり、彼は。
それに、欧米人が主人公になったクロニクルは、名前を覚えられないので挫折することがままあるが、
それは僕のせいじゃなくて、作家と翻訳家のせいかもしれないな、と思い直した。
ハルバースタムはぜんぜんそんなことないのだ。
http://www.amazon.comにいって、サーチで「The Reckoning by David Halberstam」と入れ、
読者の批評を読むと評価が真っ二つに割れている。
必読書だという人もいれば、まぁまぁだね、第一ハルバースタムが言うほど日産が優れているなら
どうして破産同然になったの?と言う意見もある。後者の意見はこの本を正しく読んでいるとはいえない。
その答えは・・・是非読んでみてくれとしかいえないが、あいにく絶版なので、
リンクにも掲載した『探求書の間』というHPサービスを使って古本を手に入れた。
期待通り、無我夢中で読みふけった。
『教科書が教えない歴史』を読む必要はない。『覇者の驕り』を読め。
読むと日本人でいることの、あるいは日本社会で暮らすことの本当の誇りが見えてくるし、
ハルバースタムの冷静な筆致は、(執筆時点ではあまり明らかになっていたとはいえない)
日本社会の問題点も考えることができる。
さて、上巻の4章をもう一度読むか・・・(無限ループに消えていく筆者)