宮城県庁の伊藤さんから年賀状がとどいた。

伊藤さんといってもわかんねーやな。前に仕事で世話になった宮城県の職員だ。課長補佐級のいかにも仕事のできるタイプの方なんだけど、「やっぱりやんなきゃない」とか「見なきゃない」と仙台弁をさりげなく使いこなすところがステキ。

98年の秋に水俣市にごみの分別の状況を見にいったときにも、ごみ対策室長の安永さんが、バリバリの熊本弁でゴミへの思いをアツく語ってくれた。

マジでかっこよかった。

やっぱり地方公務員が方言で語ると、なんだか迫力があるっちゅ―か、地に足をつけて問題を考えている気がするよなぁ。

ちなみに、水俣はすごいぞ。なんせ21分類(日曜日の琉球新報一面を見ろ)。しかも、水俣のごみはキッチリ分別されているので、収集業者もニコニコ&高値で引き取る。ごみにもブランドがあるのだ。業界では善通寺(香川)モノとか水俣モノとか長井(山形・ここは生ごみが有名)モノとかあるそうだ。

この手のネタもとは、早稲田大学副学長・寄本勝美をおいて右に出るものはいない。ヨリモトさんは、ごみが大好きな行政学者だ。福島の職場に来てもらった時、レクチャーで長井市の生ごみ分別収集スライドを見せながら、

ああ、いいゴミだなぁ!」とシャブ中が上モノを静脈注射したときのような目つきで叫び、周囲をビビらせた(実話)。

以前、『自治の現場と参加』(学陽書房)と言う本を読んだとき、大阪府茨木市でカッパを着てごみ収集をする筆者の写真があった。その筆者がヨリモトさんで、僕はとてもあこがれた。学者になったら鉄道政策を研究して、新幹線の運転席に入らせてもらおう、と強く決意した大学3年の秋のことだった。

この夢は、97年の夏に、「東北新幹線仙台総合車両所まつり」(なげーよ、オイ)で研究とは関係なくE2系の運転席に入ることでかなってしまった。宮城県立東北歴史博物館学芸員のマッサージ氏と、潤んだ目でいつまでもいつまでも運転台のマスターコントローラーを見たものよなあ。

そうそう、宮城県の話ですが、厳しいねー、自治体は。伊藤さんの年賀状によれば、宮城でもついに職員の給与カットに手をつけた。神奈川では98年にボーナス3割カットをやり、東京都でも給与ダウン。都内だと三鷹市が退職金がらみで職員の早期退職勧奨をスタートさせてるし、公務員不倒神話は終わりつつあるようですね。

正確に言うと、労働市場全体が二極分解(少数の高給優遇者とルーチンワーカー)を起こしている、それが公務員の世界でも、ということでしょう。これから公務員を目指す学生諸君、入るのもタイヘンだけど、生き残りも厳しいよ。

で、一言。

僕の持論ですが、市民のため、とか、きれい事をいわなくていい。自分の雇用を守るために、公務員になる人は売り物となる能力を持たなくちゃいけない。何でもいいんです。人の懐に入るのが上手(=現場の情報収集ができる)、経営学の素養がある(=科学的な組織像を提示できる)、などなど。基本的に法律系の知識は入るときには必要だけれども、市民の権利を代行するという本来の公務員像から考えると、社会学や経営学、経済学など、社会科学の資質が求められる。

確かに法文解釈、補助金の取り方、根回し、予算の作り方、などなど、「実務」の力は依然必要とされるだろうけど、それらは「手続き」なんだよな、結局。どういうまちを作りたいか、というビジョンがなくっちゃだめだ。といってプロなんだから、学生の絵日記みたいな実現可能性の低いやつもだめだ。マクロ・メゾ・ミクロ、それぞれのビジョンを組み合わせること、そのもととなる住民の具体的な実像(まぁ、ニーズと呼んでもいいや)を把握する能力があること、つまり戦略性のある政策体系を作れることが必要なのだ。

公務員は本質的には技術者なんだ。

自分の職務に(本来の意味で)忠実に。

自分の身を守れ。それが結局は市民のためになるのだから。