もどっちまえ】【先頭にもどっちまえ

いまは16日の午前三時です。後期授業の採点をしていてこんな時間になりました。

でも今夜、僕はとても満足しています。一番分量の多い採点を終わりました。いわゆるパンキョー、本学で言う「共通教育科目 社会科学系列」の「現代政治の課題」の採点をしていたのです。僕はもともと、共通科目の授業を担当するのがとても好きで、それは政治学を専攻していない学生たちでキレ味のある分析をしてくれるやつらを見られるからです。

理学部で数学を極めようとする学生、工学部で機械工学を専攻する学生、教育学部でカウンセリングを学ぶ学生たちにとって、政治学を知ることの意味は「言うまでもなく明らか」ではない。まして僕の講義はそれなりに負荷をかけます。2単位の講義にテスト勉強とレポートの準備をするなんて割りにあわない、そう思うほうが普通かもしれません。それでも多くの受講生は頑張るし、成果まで出しちゃう。どういうことなんだ、キミタチ!

大学の教員は研究者ですから、自分の専攻分野を大切に思っています。僕は僕なりに政治学という学問体系を尊重し、畏怖の念を持って接しています。だからこそ、門外にいる人たちに政治学がいかにイケてるかを知ってほしい。結構楽しいな、と思ってほしいのです。学生たちが丁寧に書いてくれたレポートや答案は、無論未熟さもあるし間違っていることもあるけれども、僕が感じている政治学への思いの一端が伝わっているのではないかな、そう思えることが多い。そんなときは無性にうれしくなります。ああ、教師になってよかったと自分の仕事の意味を再確認できる瞬間です。

今学期はこんな問題を出しました。

問題:以下はそれぞれある立場からの意見である。そのうち一つを選んで論評しなさい。なお解答に字数制限はないが、概ね400から600字程度の解答を想定している。

A) 「愛国心のない国民は他国のナショナリズムを尊重しない。したがって健全な愛国心を育むことは国家政策として取り組むべきことである」

B) 「世間ではリストラが進行しているのに地方議会の議員はほとんど活動もせずに高い給与を保障されている。議会は議員定数を自ら大幅に削減するべきだ」

C) 「規制緩和によって地方のバス会社が運行を停止するのも、市場原理の結果でありやむを得ない。政府・自治体はバス会社に対する補助を原則としては停止するべきだ」

D) 「政治は民意の反映であり、一国の政治レベルが低いのは民度(国民の政治的な成熟度)が低いからだ。政治改革には何よりも国民の意識改革が必要だ」

答えやすいように工夫した設問ではあります。実はナショナリズム、地方自治、規制緩和、政治改革のうちからひとつテーマを選択し、「いま何が問題か」という課題レポート(4000字)を出題しました。あわせて「レポートマニュアル」というのを配布し、レポートを含めて持ち込みは一切OKとしてみました。その意味ではレポートを書くことが試験勉強になっているわけです。

いいかオマエラ、何かを論じるときはなあ、クイズは何かをあきらかにせい!ってここは関行研ですかっ。まあそういうことを冒頭に書いて本論を始めてね、といったtipsを配ったのです。

テストの答案にその効果はバッチリ現れていて、電波丸出しな答案が全然なかった。講義中に繰り返し述べたように、僕は別段、ナショナリズム肯定派の答案を斬って捨てはしないし市民派でもない。だからどういう内容で答案を作ろうとかまわない。答案全体がスラスラ読めて、問題設定が明瞭で、エビデンスがしっかりしていた文章がかけていれば僕の講義の目的は達成されたも同然です。そして学生たちが書いてくれた答案は、問題設定も明瞭、エビデンスも明記されていて、文章まできちんとキマっているのです。高校生のときに尻ズボン&ゆるネクタイだったキミが、今はこんなに伊達にスーツを着こなして・・・伯父さんはね・・・(涙)。いや、まあそこまでは、ですがね。

ゼミ生の吉田航が一月の下旬に教育学部にいる後輩に出くわしたとき、彼女たちはソウマエせんせーのレポート提出が!!と一所懸命やってました、と教えてくれました(本当はソーマエって呼び捨ててなかったか?ワタル!!)。彼女たちの必死さは、見事に成果になって出たわけです。いや確かに教育の学生のレポート、水準高かったなあ。

アカデミアの世界で給料をもらえるようになって五年。学生が伸びてくれると自信がつきます。なんとかお給料分の仕事はできたのかな。おいらの仕事も多少は世間のお役に立っているのだろうか。少なくとも宗前ミーの扶養手当分は、貰い過ぎだないはずよ。そういうわけで今年度も学生諸君に感謝感謝の一年でした。

君たちのおかげで研究室に新しい机を入れることができました。来年度もよろしく。