もどっちまえ】【先頭にもどっちまえ

 

来たれ若人諸君!大学院生はすべからく職業人と結婚せい。だって生活資金がないんだもん。

このサイトの更新を期待している人が三名ぐらいいるらしいという噂は知っていたのだが、最近宗前ミーはどうして最悪の選択をしたのか、というプロブレマティークが寄せられました。えっと、プロブレマティークね。うん、あれはなかなかいいよね。ホラ、札幌の空港で売れ行きナンバーワンというあれだよね。えっ、いや、知ってるって。実際松並さんと食べにいったよ。あれれ、何困った顔してるのかな?イヤイヤイヤ、シャイだねえ、君は。

というわけで、今日は正しい「おっ、お嬢さんを僕にください」講座です。

まず、君は魚類料理がダメだとします。その際、漁村の一次産業に従事するターゲットは、精一杯の礼儀として鯖の煮つけなどを振舞ってくれます。この際、「あ、えっと、僕は青魚がダメなんです」というような暴言はくれぐれも慎んでください。パクッと一口食べた後、一心不乱に舎利を口にほおばり、いやあ〜魚がおいしいなあ、と涙目で嚥下するのが正しい政治学徒というものです。

次に、「娘とはどういう付き合いをしてんだっちゃ」といわれた場合、そのインプリケーションを読まなくてはいけません。その真意は、時々お茶を飲んだり、仙台フィルハーモニーの定期演奏会を鑑賞しています、という答えを期待しているように思えますが、実は「先月娘に電話しても通じないので合鍵を使ってアパートに入ったら男物のパンツが干してあったわけだが、それは何を意味するのか」という趣旨で聞いているわけです。

無論、「付き合って一ヶ月も過ぎたので、半同棲状態なんですよ、お父さん(これは究極的NGワード)」とか、「先週はラブラブミニ旅行としゃれ込んで、豊島園までいってました。ついでに神田の交通博物館に行って、0系新幹線が走っていたころのCTCの実物の前で記念撮影しましたよ、見ます?写真、ほらコレ」といった返答をするのは、実在の人間社会を知らない政治学者にありがちなナイーブな態度といえるでしょう。もちろん『世間とは何か』といった韜晦戦術は有効ではないことを予め申し添えます。

君はそのとき、「相克する利益を調整するべき機能がどこかにあるはずだ」という立場を保持するプリンシパルなのですが、その気持ちを汲み取るべきエージェントは「だって彼は寮の洗濯機が壊れてるんだもん、洗濯してあげてどこが悪いのよ!!」などという絶望的なアジェンダ・セッティングを後に義母となる人と展開しているかもしれません。大切なのは、死相を浮かべないことです。

また、それは世間で言うところの「逆ギレ」だ、というような二次的争点を持ち出すことは、dysfunctional inputになって政治システムを破壊する可能性もあります。この場合、探求には具体的なマニュアルがない点に留意し、棄却域の設定に十分なマージンをとる方が安定的です。あなたは自分が『市場に立ち向かう政治』の真っ只中にいることを悟ることが問われているのです。

そうこうしているうちに、あなたはやがて根源的な問いを突きつけられます。即ち「あんだ、三十路を過ぎてなんで学生してんだっちゃ」というノドンどころの騒ぎではない強烈な一撃ですね。申し訳ありませんが、この事例については僥倖を期待するほかないでしょう。「院生」というある種のアリバイ的ターミノロジーは、都市部の三次産業従事者にのみ有効なジャーゴン(業界用語)なのですが、多くの該当者はそのことに無自覚なままなのです。

学生、という言葉には、下駄を鳴らしてやつが来る、腰に手ぬぐいぶら下げて、というイメージが付きまといます。自分はそうではないという抗弁はあまり意味を持ちません。こうした多元主義イデオロギーに対して、ひとつはその本質的保守性を批判する、という規範的アプローチで攻めていくやり方もありますが、歴史学アプローチを用いてプロブレマティークをずらすという研究戦略もありえます。たとえば「レジームが違う」というマジック・ワードを使用して、関係概念に対しては実体概念で対抗するというのも考え方ではありましょう。

しかし、このケースについては経済決定仮説が妥当するといえるかもしれません。君は、とりあえず留学をしていまい、帰国するやいなや、「鳥居さん(仮名)」あるいは「官房さん」からの電話によって、当面食っていくだけの財政フレームを設定できる可能性があるでしょう。そうすると後は政治文化の問題で、オカミを尊重する政治文化がありさえすれば、君は自分の所属を「QUANGO=Quasi Unpaid And Notorious Government Officer」と名乗ってもそれほど問題は起きないでしょう。つまり、将来に向けて安定的だと想定されている収入が婚姻を成約させる独立変数である、ということです。

えーと、なにを言ってるのか自分でも分かりませんが、官房さんは隣県の官庁系外郭団体で嘱託として働かないか、というひれ伏してしまうほどアリガタイ働き口を持ってきてくれることがあり、これを本文中では「僥倖」と呼んでいる訳です。おまけにズルいといえばズルいのですが、オカミっぽいところで働いているものですから、堅い就職をしたものとありがたい誤解が先方の家族に蔓延して、なんとか結婚に持ち込むことができた、まったくあのときは冷汗三斗だったぜ・・・じゃないじゃない、これは勿論仮定の話ですからね!まあことほど左様に、大変なわけです。

この事例は逸脱的ではあるが、局面に応じた最適解を選択することで変化をどう説明するかが解明できた、といっても過言ではありません。ただし、その後の推移についてはむしろ古典的な権力論を想起したほうが実態を説明するにふさわしいとだけ暗示するにとどめます。ところで宗前ミーがなぜに選択したか、については答えてありませんが、ココではヒントを例示しましょう。社交ダンスとワルツのステップを学習せよ、です。では今日はこの辺で。