沖縄に引っ越してちょうど4年になった。ヤマトンチューとはいえ、土地に生活している以上、沖縄フリークとは異なった「沖縄像」を持つ。また、ソウマエの場合、父方の祖父母が奄美・沖永良部出身(とはいえ、僕がシマンチュとしての自己認識をもったことはないし、これからもないのだが)なので、かつて奄美の支配者だった沖縄というものを被害者としてのみ見ることはない。
辺境めいた背景を持つ男ソウマエが、最近吼える吼える、ウーキャンキャン!
これまた少し前の話だが、今年の5月24日に、琉球新報ホールで法政大学国際日本学サテライトシンポジウムというのが開催された。現地で企画調整をしていたのは、別件でお世話になっている沖縄大学の教員で、彼が僕に参加を求めたので、あまり興味のないテーマであったが参加することにした。もともと、新聞に寄稿したこの記事がきっかけで登壇させようと思ったようです。さて、記事をご覧いただければ分かるように、小生はできるだけヘンなことを言うよう心がけている。私たちはヒマ人Scholar なのだから、日常生活の思想を延長していては出てこない発想を提供する役回りもあろうかと思うからだ。沖縄に来てから、ここの政治状況はちょっと懐かしい保革の対立(とイデオロギー的な相互のもたれあい)が保存されていて、話はどうしても安全保障をめぐる対立になりがちなのだが、そうした議論の沸騰の背後には、見過ごされている、しかし見過ごしてはおけない問題が大量にあると思っていた。
いま、僕が強く関心を持っているのは、僕らの社会に打ち込まれた分断のことだ。地方はどこでもそうだろうが、沖縄は産業構造が脆弱で製造業も持たないために、所得の二極分化が激しい。分断をポンチ絵ふうに再現するとこんな感じになるだろう。
スーパー・サンエー(沖縄で普遍的な食品スーパー)の駐車場に並んで停まっている、応急タイヤ履きっぱなしのボロボロ軽自動車とメルセデスA190(ってことはセカンドカーだね)。
昼時のアウトドア屋台弁当300円と、ホテル1500円ランチバイキング、どちらも大盛況
荒れまくる公立中学に行って殺されてしまう子、屋宜塾経由でラサールに進学して医者になる子。
さて、保守派と革新派の分断が、あらゆる局面でキレイに分かれていれば話は簡単だが、現在の沖縄社会における対立軸はそんなところにはないのだ。例えば、ドトウの不況の中、沖合い埋め立て700億円事業を「開発万歳」で推進する保守と、「ジュゴンを守れ」と環境問題一本で責める革新、という図式、そしてそれ以外の論点が皆目出てこない状況というのを新聞紙上で見る、というのはなかなか辛いものである。政策論議などありゃしねえ。
もちろん、若手議員あたりによくいる、「時計はTAG Heuer、スーツはBrooks Bros、あとは・・・そうそうセイサクもイチオウ身だしなみだもんネ!」というノリで政策論議が必要だ、ということではもちろんない。問題を発見し、その構造を理解した上で、解決に至る技法として政策を語る、ということだ。
そして沖縄には「問題」が山ほどあるのだ。
宗前ミーは、昨年の4月に保育所に転職するまで、臨時職員として市の保健師をしていた。仕事柄、新生児を取り巻く環境をマスに見てきた彼女にすれば、沖縄社会など「ウチナンチュー同士さぁ〜」で連帯できるような状況ではなくて、普通の環境とそうでない環境に埋めがたい亀裂があるのを(自ら語りはしないが)知っている。
沖縄の日常性が評価される、という経験を初めて持った多くの人々にとっては、長い間不当に苦しめられた抑圧から解き放たれたとばかりに、「ウチナーンチュ、万歳」となるのは止むを得まい。だが、長寿、健康、元気なオバァ、豚肉、堺正章、沖縄のビーチ最高!、「世界の」喜納昌吉、ゆいまーる(結い=支えあい)、ウチナータイム、癒しの島、といったレベルで「沖縄、いいでしょー、最高さ〜」と誇っているばかりでいいわけがない。
まして、奄美の島々で「ウチナー世(ゆ=治世)」という言葉があるように、沖縄は足を踏んだ経験も持っているのだ。痛みを知るものは他者に下した痛みに鈍感であってはならない。ヤマトに痛みを訴えるなら、宮古や八重山などの先島や、奄美に下した痛み、戦後アメラジアンの子供たちに与えた痛みに鈍感ではありえない。その意味で、沖縄ナショナリズムというのは一般的に、甚だいかがわしいものだと僕は考えている。
話を分断に戻そう。沖縄で現に進行しつつある社会的分断は、決して小さなものではない。佐藤俊樹が『不平等社会・ニッポン』で見出した事態は、沖縄では既に進んでいる、とすら思える。そうだとすると、ちゃんとしたセーフティーネットが張られ、貧困に生まれたことが次の世代への負荷とならないような仕組みを用意しておくことが必要なのに、とりあえず公共事業なんだな〜。
何しろ、空港方向と那覇北部方向を直結して那覇中心街をバイパスするために、那覇港に沈埋トンネル(製造済みの函を8つ埋める)を作っているが、
全長724メートルで事業費1000億。
直轄事業だから全額国庫負担。だからその巨額さに(地元負担がない、正確には港湾整備に35億円那覇市に負担を求めたら、市側、大ブーイング!)誰も不満は持たないんだもの!制度上そうはできなのは重々承知だが、ツカミ金で1000億もらって、トンネル以外の方法で渋滞解消を考えて、余った金は別途使おうね、という発想はなかなか出てこない。
それはともかく、シンポジウムは潜在的な論点を見つけ、提起することだと思うので、できるだけ挑発的な話題を提供しようと考えた。題して、
沖縄ナショナリズムは神話だ。
沖縄ナショナリズムは、自分たちをあるがままに受け入れる、という意味である時期必要ではあったろうが、そこにしがみついていても今進んでいる問題の解決には役に立ちませんよ、という趣旨だ。もう一度記事をご覧下さい。小生の発言はかけらも載っていません。いや〜、失敗しました。こういうところで発言するための作法、つまり主の家を誉めるという行儀を全然守らない
アオクサイ男
でしたね、俺ってば。
だがもう一度言う。沖縄ナショナリズムも、ゆいまーるも、もはや神話に過ぎない。神話とは、そうあって欲しいと願いながら、実際には存在しないものを論理の根拠としている状況のことだ。その神話が、沖縄に住む人たちの精神的な支えになってきたことを過小評価するつもりはないけれども、いま、ほらほら、すぐそこに、いっぱい、見えるでしょ?児童虐待、家庭崩壊、低所得者層の貧困再生産、土建業の日雇いで食えちゃうからスキル向上に気持ちが向かわない、そういう社会の問題が中学校に持ち込まれて学校が荒れる荒れる、などなど、それらの問題を解決するのに役に立たないのは論をまちませんやね。
でも、沖縄において自らに課せられた任務を真っ向から受け止め、有効な手立てを探り、ついにシステム化してきた連中はいる。いるからこそ、僕ごときがキャンキャン吼えているのだ。次回は、沖縄県立中部病院の苦闘の歴史をお伝えします、お楽しみに!
(続く)