兄弟子・渡部純さんは、先ごろ、80年代中葉の『山口・大嶽論争』に関する分析(というか読み込み)を
『青森法政論叢』に掲載したとき、
河内あたりの危ない不動産系ニイサンを思わせる関西政策学の巨塔・真淵さんに
「キミは書きたい放題だね(または書きたい放題やね)」と言われたそうです。
はっはっはっ。
その伝でいけば、小生も大嶽シューレ(みちのく派)の伝統を立派に受け継いで
書きたい放題をしている、ということでしょうか。
さて、掲示板でも書かれていたように、学会では
「ニッポンのお父さん」の作者の顔を見たい、という同業者が多々いるらしいとは事前に聞いておりました。
しかし、土曜日の午後、共通論題をサボってから立教の構内に現れた僕を
丹羽君が引き合わせてくれたのは誰あろう、関西大学・建林さんだった。
そう言えば、6月の公共政策学会でも、関大の岡本さんはともかく、龍谷の石田先生にまで
「見てるよ」と言われて、恥ずかしい思いをしたもんだよな・・・
仙台で大学院生活をスタートした僕は、業界での顔見知りという人がほとんどいなかったが
こんなふうにして世間は広がっていくのでしょうか。
夜の懇親会でもサワヤカな青年と、渋くスーツを着こなした関西弁スピーカーが
丹羽君としゃべっているソウマエの前に現れた。
サワヤカな青年は北村亘君、渋いスーツマンは稲継裕明さんだった。
両名とも本ページをご覧いただいている読者である。
かれこれ編集者になってから25年は使っているダレスバッグから、
さっそく本ページのエンブレム入りマグカップ、2色ボールペン、ライターなどの
ノベルティグッズを差し上げて、今後の愛読をお願いした次第です。
また、その後は私淑する岡田憲治先生のカバンを(物理的に)持って
なんだかよくわからないグループの飲み会に参加していました。
政治思想系の飲み会です。
思想の「し」の字もないソウマエは、もちろん、皆さんの期待に応えるべくがんばりました。
シモですよね、僕のロールプレイイングは!
一時間後には謹厳実直な思想系の皆さんを前に
タマーキン、とか、セクースなどという暴言を吐いて悔いることなし
といったありさまでした。
さあ、今日も役割分担はバッチリさ、と勇んで新宿サンルートホテルに帰り、
妻、宗前ミーに愛のショートメールを送りつけたのでした。
分科会的には田辺国昭さんの「僕の【今回の】分析には政治がない」、
長兄新川・ラオウ・敏光さんの「もっと『階級』を【真正面から】政治分析に入れよ」のセルフコメントが
一番考えさせられました。
(ここまで、帰途のANA91便機内にて)