日本四大自治寮と寮生が枕詞のように語る寮とは、
東大駒場寮、京大吉田寮(ふたつともご愁傷様です・・・)、そして現存する東北大明善、北大恵迪寮である。
しかし、恵迪寮はちょっと別格だよな
なにせ寮歌が『都ぞ弥生』だもんな
さて、1984年3月、一浪したソウマエは、青函連絡船を使って札幌で北大文2系という学科を受けていた。
しかし北大に行くというよりも、ソウマエは恵迪寮生になりたかったので、
キャンパスに着くや否や入寮案内のブースをさがし、恵迪寮の入寮案内書をもらった。
この年、恵迪寮は北大当局とモメていて、自主入寮詮衡を実施してたが、
さすがは寮生、入寮案内はダラダラした寮生活の雰囲気を余すところなく伝えていた。
まず、サッポロSS。これは明善における「勝山」のようなものだろうか。
最初はビールかと思ったが、ゴードーという会社の作っている激安焼酎のことらしい。
次に天皇。明善で言うドドッペリ(二年留年した人)だ。
教養部があったころは、どこの国立大学も二年生と三年生に深くて大きな亀裂があった。
トンペイの場合、教養部の前を扇坂と呼ぶので
寮生はみな「あ〜〜、おおぎざかを〜〜、わたる船にぃ、オールはなあいぃ」と
歌ったものである(『ダブ留の悲劇』より)が、恵迪の天皇とはズバリ、4回生の二年次を指す。
で、学年ごとに進級が決定される北大の場合、三回生の一年次というやつがあり、
翌年天皇になることが決まっているので皇太子と呼ぶ。
また、岡山県立津山高校が、代々天皇を輩出する名門だったので
津山家と呼ばれて寮生から尊敬のまなざしで見られていたようです。
さて、恵迪寮ではジャンケンとよばれる野蛮な風習があり、
要するに10人なら10人で
「なあ、ジュース飲まねえ?」
「おっけい。じゃあジュージャン(ジュースジャンケンの略)な!」
となって、ジュージャンの勝者は一人だけみんなにゴチられるシステムが整備されていた。
中でも北17条にある正本の寿司をめざして闘う学友諸君が熱くジャンケンをほとばしらせる
スシジャンはすごかったようだ。
しかし、梅ジャンボ寿司かあ
しかも1984年版の恵迪寮案内によると550円だそうで、
ずいぶん安いなあと思った19歳のソウマエであった。
さて、北18条にあるホテルに荷物を置いて、駅までブラブラ歩いていた僕は
突然寿司屋を見つけた。
おおっ、これが正本!!梅は・・・なななんと650円!!
そうか、これがニッポンのデフレスパイラルというやつなのだろうか・・・
余計な心配もソコソコに、ダッシュで入店、マスターに「梅、ください」という。
へいっ、梅ダマ一丁!!
しぶいね、タマと来たよ、親方。
味の方はまあまあよかった。というよりタバコを吸っている僕に
刺身の繊細な味などわからないのである。
それに酢飯自体が好きなソウマエは
塩釜の「すし哲」に行こうが、仙台・一番町の「廻る神田川寿司」に行こうが
おいしくいただけてしまう、閾値の低い賞味感覚を持つ男であった。
というわけで、今回のサッポロ行きの唯一の収穫は梅ジャンを食べたことであり、
このことについてはとても満足していた僕であった。
学会のほうはファシリテータのご判断により、2時間半のセッション最後の10分で
ヒトコトだけコメントが許されたので、コメンテータというお役目は果たせたのであろう。